和久井「失礼するよ」
華「ん……?」
和久井「おや、香月くん。君ひとりかい? 宮代くんたちは? いないの? それは参ったなあ。いつも放課後はこの新聞部部室にいるのに。こうして僕が顔を出した日に限っていないなんて」
華「…………」
和久井「って、ちょっとちょっと、香月くん?『この中年のおじさんはどこの誰?』みたいな顔で僕のこと見るの、やめてくれないかなあ」
華「ん……」
和久井「あ、今、すごくどうでもいいって思ったでしょう。ひどいなあ。これでも僕、新聞部の顧問だよ~?」
華「ん?」
和久井「名前も忘れちゃった? 先生の名前は和久井だよ。わ・く・い。思い出したかい?」
華「んん~、ん」
和久井「そうやって曖昧にうなずかれると、地味に傷つくよ……。そりゃ、僕はあんまり部室に顔出さないし、指導だってろくにしないから、存在感ないけどさあ」
華「…………ん」
和久井「あ、ロリポップキャンディくれるの? ありがとう……。僕はこれでも、生徒の理解者のつもりなんだ。君たちの自主性に任せてるって意味でね。やっぱりほら、思春期まっただ中の子たちは、大人の介入なんて鬱陶しく感じるだけだもんね。そういうアナーキー的な反発心みたいなものは、僕もよく分かるんだよねえ。なにしろ僕も学生時代は似たようなものだったから」
華「…………」
和久井「ハハハ、意外そうな顔だね。ま、驚くのも無理はない。今じゃすっかり丸くなっちゃったからね。でも、学生の頃は誰だって大人に反抗したくなるものさ」
華「ん!」
和久井「ええと、香月くん? 先生と話しているときにおもむろに壁を殴るのやめてほしいんだけどな、ハハハ……。もしかしてそれ、香月くんなりの先生への反抗心みたいなもの? だとしたら悲しいなあ。僕は君たちの理解者。そう言っただろう? なにしろ、君がこうして校内で堂々とテレビゲームをしているのを見ても、咎めたりしないじゃないか。そこはちょっとでいいから感謝してもらいたいなあ。他の先生だったら即没収ものだよ?」
華「…………」
和久井「か、完全に無視したね……。ええと、それで、宮代くんたちはどこに? もしかして、みんなもう帰っちゃった?」
華「ん」
和久井「え、本当に帰ったの? どうして今日に限ってこんなに早く? あ、念のために聞くけど、神泉あたりに行ったなんてことはないよね? あそこらへんってほら、ホテルが多いでしょ。生徒の教育上、あんまり出入りしてほしくないんだよねえ。……もちろん僕は生徒の自主性に任せる主義だから、事を荒立てるつもりはないんだけど」
華「…………」
和久井「ちなみに、これはここだけの話っていうことで、香月くんに聞きたいんだけどさ。実際のところ、宮代くんって、来栖くんと尾上くん、どっちと付き合ってるんだい?」
華「…………」
和久井「って、ちょっとちょっと。そこまで露骨に無視しなくてもいいじゃないか。そりゃね、生徒のプライベートに教師が立ち入るなんて、よくないかなあとは思うけども。ほら、あの三人って妙な関係に見えないかい? 来栖くんと宮代くんは義理とはいえ姉と弟だし、宮代くんと尾上くんは幼なじみ。それは知ってる。でも、それだけとは思えないんだよなあ。家族以上の絆みたいなものを感じるというかね」
華「ん……!」
和久井「って、わあ! 香月くん、だから壁殴るのやめなさいって。なんで急にそんな怒るんだい? あ、さては……ははーん、そうかそうか、そういうことか」
華「…………」
和久井「もしかして香月くんも、宮代くんのことが好きだったりするのかい? いやあ、青春だねえ。だとしたら悪かったよ。僕にこんな話を振られたら、そりゃ不愉快だよね、ハハハ。しかし宮代くんはモテモテだな。その割に、いつも一緒につるんでいるのは伊藤くんだけど」
華「んん!」
和久井「ちょ、ちょっと、香月くん? さっきから壁を殴りまくりじゃないか。なにをそんなにイライラしてるんだ。ええと、とりあえず、さっきからずっとやってるそのゲーム、一度やめない? ねえ、話、聞いてる?」
華「…………」
和久井「ん? どうしてそんなきょとんとした顔してるのかな? あ! ちょっと、香月くん、よく見たらヘッドホンしてるじゃないか! 僕の声、まったく聞こえてなかったのかい!? そりゃ僕も、君が聞いてるものだと思ってひたすら一方的に話し続けていたわけだけども!」
華「…………」
和久井「あ……今、目が合ったのにヘッドホン外す素振りも見せなかったね。先生の話、聞くつもりは、これっぽっちもないんだ……。はあ、悲しいなあ。お互い、第一話で登場はしててもセリフがなかった者同士だって言うのに」
華「んん」
和久井「え? なんだい?」
華「んんん!」
和久井「まさか……香月くんにはちょっとだけどセリフはあった、と?」
華「ん」
和久井「って、うなずいてるけど、先生の声、聞こえてるんじゃないか! 聞こえてないフリするなんて、ひどいよ香月くん!」
華「…………ん?」
和久井「やれやれ、たまに顧問らしいことをしようと思ったらこれだ。やっぱり僕としては、幽霊部長ならぬ幽霊顧問に徹していた方がよさそうだね。はぁ」