澪「神成さん。新しい事実が分かった」
神成「なんだ?」
澪「実は、神成さんが手に入れてくれた尾上のカルテなんだが。AH東京総合病院の系列病院にあった、2009年11月21日以前のものが……ひとつも存在しないんだ」
神成「なんだって!? なにかの手違いじゃなく、か?」
澪「ああ……」
神成「それはつまり、君の仮説がはっきりしたということになるな」
澪「しょせん、状況証拠だけだがな。……これだけでは、警察を説得はできないだろう」
神成「少なくとも俺は、君の仮説を信じるよ」
澪「本気か?」
神成「君と一緒に事件を追ってきた間に、そのあたりの考え方には慣れた。今回の一連の事件に関して言えば、常識は通用しない。そうだろう?」
澪「神成さんは……警察の人間にしては、頭が固くないな」
神成「それはどうも。でも、よく調べてくれたな」
澪「大したことじゃない。事件を解決したい、その一心で調べていただけだ」
神成「もしかして、昨日は徹夜かい?」
澪「それがなんだ?」
神成「頑張る気持ちも分かるが、無理はしすぎるなよ」
澪「これぐらい、どうってことはない。もともと、夢中になると時間を忘れるタイプだ」
神成「集中力がすごいんだろうな。まったく、大した子だよ、君は」
澪「子供扱いしないでくれ」
神成「あ、ああ。すまん」
澪「神成さん。世間一般からすれば、私の仮説は……ある意味、珍妙だ。うさん臭いオカルトだと言われても仕方がない。そんな私に辛抱強く付き合ってくれたのは、警察ではあんただけだ」
神成「ん? どうしたんだ、急に改まって」
澪「…………」
神成「久野里さん?」
澪「あんたが私の言葉を否定しないでくれたから、ここまで来られた。感謝している」
神成「ははは、今日の君はいつもより素直だな」
澪「またそうやって子供扱いをする……。これでも、あんたにふさわしい相棒になれるよう、精一杯背伸びしてるって言うのに……」
神成「ああ、分かってる。本来の君は、とても素直で優しい女の子だってね。こんな血なまぐさい事件には、本当は俺も関わらせたくないんだ」
澪「そうか。分かってるなら、いい……」
神成「いずれにせよ、俺ははじめて会ったときから、君の話に妙な説得力を感じていた。君に賭けてみようっていう刑事の勘を信じて、正解だったよ」
澪「ありが……とう。信じて、くれて」
神成「こちらこそ、協力感謝する。君のおかげだ」
澪「ようやく犯人を追い詰めた。ここで逮捕できれば、神成さん、あんたの手柄だ」
神成「俺と君の、だろう?」
澪「警察内であんたが今、微妙な立場になってしまってるのは知ってる」
神成「ひとりで単独行動を取っていたら、白い目で見られるさ。組織というのはそういうものだよ。気にしなくていい」
澪「いや、だからこそ、私としてはあんたの手柄にしたいんだ。私を信じてくれたあんたは正しかったって、みんなに……認めさせたい」
神成「そうか……。そこまで君が俺のことを考えてくれているなんて、思ってもみなかったよ」
澪「…………相棒、だからな」
神成「相棒、か。いい響きだな」
澪「……うん」
神成「よく考えたら、君とはろくに食事にも行ったことがなかったな。事件が無事解決したら、焼肉でもおごろう」
澪「安月給の公務員なんだから、無理しなくてもいい」
神成「おいおい、そういう……本当のことをはっきり言わないでくれよ」
澪「フッ。じゃあ、犯人を捕まえにいこう。私と、神成さんのふたりで」
神成「ああ!」
――――――――――――
神成「…………」
澪「神成さん? なにをボケッとしている?」
神成「へ? あ、いや、なんでもない!」
澪「……? なんだ? なにか気になることでもあったのか?」
神成「そ、そうじゃない。俺がイマジナリーフレンドを作るとしたらどんな風になるかと思っていろいろ想像したりとかは……してない! 断じてしてない!」
澪「はあ?」
神成「あんな想像をしてしまうとは、俺はいったいどうしたっていうんだ……。もしかしたら、今の状況にかなりストレスを覚えているのか? いや、それとも逆か? 案外自分でも気に入っているのか? 年下の女の子に振り回されるとも言えるこの状況を……?」
澪「おい、なにをブツブツ言っている? 連日の捜査でろくに寝てないなんていうのは言い訳にならないぞ。やる気がないなら今すぐ出ていけ。足手まといは必要ない」
神成「う……っ。き、君なあ、年上に向かってその言い草は……、というか、独断で勝手な行動を取られたら、俺の立場が――」
澪「だったらぼうっとするな。宮代が、必死に自分の中の記憶と戦っているところなんだぞ」
神成「分かってるさ……。今この瞬間が、『ニュージェネレーションの狂気の再来』の、重大な局面だということぐらいね」
澪「フン……」
神成「ただ……イマジナリーフレンドが人の精神安定に大きな役割を果たすというのは、なんとなく分かるような気がしたよ。空想上の友人。承認欲求を満たすための架空の存在。それが、イマジナリーフレンドなんだ」
澪「やけにしみじみと言うんだな? やたらと実感がこもっているぞ」
神成「恐るべし、イマジナリーフレンド。……恐るべし」
澪「……?」